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『専制』の精神構造

武士道は物事を進め、達成する為に働く者(サムライ)の規範であり、そこには強い行動力が要求されます。言ってみれば核燃料の”核”のようなものなのです。使い方によっては非常に危険を伴うパワーです。でも、それがなければまたものが動きません。

 

ではタイトルの専制とは何?ですが、辞書には『支配的立場にある者が独断でほしいままに事を行うこと』とあります。しかし、支配的立場の者ばかりがそれを行使する訳ではなく、一般人にもその専制の精神はあるのです。辺りを見回して下さい。ほらいましたでしょ。

 

専制、イコール行動力の基となる”核”です。実名を例に挙げる事は謹むべきと知りつつ、もっとも判り易い例を紹介させて頂きます。

 

先ず、彼の仕分の立役者であった蓮舫さんを思い出して下さい。思い遣りのかけらもなく強引、不遜をオンパレードし、ブルドーザーのように前進していました。それは為すべき事をなし、与えられたミッションを全うすると言う”義”から発した行動であり、すべての免罪符を持った正義の使者の精神原理なのです。『行く手を阻む者あらば、切って捨てるに何かある』の精神です。されど、ならばこそ達せられる目的でもあることを忘れてはなりません。

 

ことほど左様に”核”の力は恐ろしいことを知りつつ用いたいものです。