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人間の醜い性と調和の法

またNHKの大河ドラマ『天.地.人.』のお話ですが、戦国時代も豊臣の天下の京や大阪では関白秀吉が大阪に本拠を置くが為、支配階級の生活はそれは“雅”を極めたものだった事が偲ばれます。権力者である太閤秀吉は派手好き、ブランド好みもそれに拍車がかかり、当時の京.大阪はそれこそ都に相応しい賑わいを見せたことでしょう。然し、その栄華を極めた豊臣家も秀吉の後は途絶えて終います。それには又様々な要因があったであろうと思いながら、僕が最も感じるのは、天下人の性は上り詰める段階で吾を忘れ、初心も忘れてしまう生き物だと言うことです。

 

天下人没落は故事に有り余る例の中でも最も多いのは、矜持を無視された者の持つ恨みが災いしたものです。“一寸の虫にも五分の魂”特に侍の矜持は病的なほどに強いものだったのです。身は一寸であれば魂は五分。“恥“や”侮“られたからには汚名を濯ぐことこそ侍の“義”でありました。織田信長は衆人環視の中で明智光秀をキンカン頭と罵り首根っこを捉まえ、引きずり回したと聞きます。それだけが切っ掛けとなったとは言い切れませんが、温厚で、なお教養人であった光秀を主殺しに走らせたのも天下人の奢りが人を侮り蔑む思い上がりを呼ぶのです。ノーブレス.オブリージュは戦国時代に限らず現代でもリーダー(Leader)が旨とすべき教えでしょう。

 

『天.地.人.』で取り上げた武将は上杉謙信で、その最も核となる教えが上杉家に引き継がれ、上杉景勝を初め上杉家が大切に守り続けた “義”なのです。『信』に厚く『義』に堅い事『支配階級の責、ノーブレス.オブリージュ』が如何に大切かを上杉謙信公から授かったのです。人間の性として、妬み恨み奢りの心が皆無な者は余程に修行を積むか宗教家でも無い限り大変難しい心構えなのですが、一つ間違えば生か死に直結した武将の心得として『五常の徳』の 仁、義、礼、知、信を知る事は自分を守る術でもあったのです。人の心が捕らまえられない武将は器から言ってもリーダーに値せず、粛清されて行ったのです。

 

上杉謙信公の跡取りで教え子でもあった上杉景勝に、もし人間の性を押さえる“義”が薄ければ家来(家老)の直江兼続に嫉妬し、権力によって抹殺して居たかもしれない可能性もあります。諸公の兼続によせる人気や評判を奢り、思い上がる性が兼続にあったならば、これも又上杉家の後世までの存続は叶わなかったでしょう。性とは醜くも真理を衝いた非常に人間的な感情なのです。それを日本では古くから“義”と言う中和剤を精神に植え育て、調和を保って来たのですが、それも太平洋戦争の敗戦後、自由と言う思想から希薄になり、今や消え失せてしまいそうな危うさを見せています。

 

古の日本にも自由の思想は見受けられますが、扱い方によっては都合良く用いられる恐れから自由と言う表現はされて来ませんでした。それに反して“義”とは正に不自由な縛りなのです。人間本来の性がそれに反発するのは理解する処ですが、されどそれで良いものではありません。 

『不自由を常と思えば』と徳川家康は言い残しております。

 

不自由であるからこそ自由が尊いのです。

 

2009年6月26日