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葉隠の武士道とは

葉隠が書かれた時期は今から約290年前の1717年に編纂者(編集者)田代陣本(タシロツラモト)によって隠居中の佐賀藩、山本常朝(ヤマモトジョウチョウ)からのインタビューに添って編集され完成したものです。

 

正直申しまして侍としての身分をベースにした”心得書”でして、当時でも一般に通用すべき思想ではなく、公家や大名のような位の高い方は省き、特に主君に仕えるサムライにこそ当てはまるものだと思います。大名などの侍であっても位の高い方々には当てはまらないように感じます。そのようにして位の高い指導者的立場の方々に課せられた武士道には:nobles oblige=ノーブレスオブリージュ “位高くして責重し”があるのです。

 

ではサムライの定義とは何でしょう。 

サムライとは正に武勇を持って主君に仕える従僕なのです。 

それを拡大すれば国(主君やときの体制)の為に命を捧げ働く者と云う事です。 

従って与えられた義務は命に替えて成し遂げることとなります。 

そこで思い出すのは何年か前にアメリカのハリウッド映画で題名は忘れましたがジャック・ニコルソン(Jack Nicholson)が基地司令官の役で、黒人の一兵卒の事故による死亡に始ります。その死亡に疑わしい所があり、軍で調査に入ります。調べが進むほどにその死が明らかにリンチによるものと判明して行きます。 

ジャック・ニコルソン演じる大佐がその首謀者として軍法会議にかけられ、結果有罪となるのですが、追い詰められた大佐が『他の優秀な兵士のためにクズを一人始末して何が悪い。残った優秀な兵士達が身を呈し国を守っているのだ。 

だからこそ国民が枕を高くして眠れるのではないか。それに対する報いがこれなのか』記憶は定かとは言えませんが、こういう結末であったと思います。 

どう云うわけかその映画の中でこの部分だけが僕の頭に残ったのです。 

基地司令官の大佐が持ち、支えにして来たのがその矜持なのでしょう。 

しかし、それが古(いにしえ)の日本のサムライであれば理由はさて置き裁かれる立場に追い込まれたその事実を受けとめ、脇差しを抜きその場で腹を切ったであろうと思った事を覚えています。 

しかし兵士と云う生業は非常に昔のサムライと似ています。違いは見返りをもとめるか献身一筋かの違いでしょう。

 

特に軍人やサムライを始めとする命を的に生きる人間の支が自分の能力を信じて持つ誇りの『矜持』です。 

それなくして何の自分か。それぞれがそう信じて生きていました。 

だからこそ追い詰められた大佐があのような傲慢な台詞を吐いたのです。 

確かに偏ってはいますが、その矜持こそ身を呈して国を守る軍人の生き甲斐に 

なっているのは確かです。その心理はビジネスマンの世界にも共通する心理と言えます。しかしサムライには裁かれること自体が不名誉なのです。

 

矜持と思い上がりは紙一重。それを戒め身を捧げる思想を作り上げたのが武士道です。が、その重い矜持は裏に自惚れや思い上がりも同居しています。 

それが自然とも言えますが他人はそれを許しません。矜持は胸の奥に秘めておくもの。武士道でその我慢は決して外に向けるものでもなく、胸の内で処理するものでした。それに行為に対する見返りを求めないことが誠を整えるのです。 

図に当たらずば“死”は葉隠の言う死に狂いです。

 

上の映画のように身をもって守った正義も汚れてしまえばそれまで。 

ならば死をもって汚名を濯ぐ、(すすぐ=洗い浄化すること)正に図に当たらずば“死”と云うのが単純にサムライの誠であり美徳とされたのです。 

その点から見れば葉隠は確かに死の美学です。 

現代の日本の憲法が戦争や軍隊の存在を認めない限り”死を持って君に仕える”と云う武士道は通用しません。ただ古き懐かしい日本の歴史を飾ったサムライの美徳として今は現代風に捉え、少しでも武士道の心が理解してもらえるか。 

果たして矛盾に満ちた絵空事となるか。僕は葉隠塾のホームページで試みて行こうと思っております。興味をお持ちの方は是非その過程を見届けて下さい。

 

とは云いつつ、僕の求め憧れる生き方は矜持のためには命すら犠牲にして生きる純粋さなのです。諦めではない、いさぎよさほど美しいものはないと信じるのです。しかし、それも死の美学と否定されるでしょう。

 

来年正月のコラムに掲載予定の“残侠、清水の小政”の生きざまに深く感銘します。ご期待下さい。

 

2008年11月末  塾長 成嶋弘毅