空手道教範と思想

空手道教範と思想 · 2010/01/01
僕には独自のAthletic信仰があります。中には医師に相談や助言を受けたものもありますが、多くは自らの体験を元にしています。...
空手道教範と思想 · 2009/09/01
精神となりますと少し大袈裟なのであえて心としました。それは何時も一対になっているものです。早速ですが身体の事で鍛錬や訓練にも共通しているものですが、堪える耐えると云う行為です。僕は既に齢65才を越えており40肩も50肩も経験しています。最初の40肩が訪れた時の症状にどう対応して良いか戸惑いました。どうやって見ても痛いのです。どうにもなりませんでした。それが情けなく痛さに耐えて柔軟体操をしたり基本型を無理矢理に行い肩に付加をかけても見ましたがちっとも良くなりません。それまでに当然整体も指圧や鍼灸も試みましたがプロは皆優しくゆっくり慌てず直して行きましょうと云います。頼んでも痛みを与え強制的な整体はしてはくれないのです。
空手道教範と思想 · 2008/11/13
上の漢字とその意味は昨今見聞きする事はほとんどありません。皆様はご存知でしょうか、意味は字の通り“行き、止まり座り、横になる”と云うことです。すなわち日常の生活習慣を指します。武術でその言葉が使われる時は往々にして鍛錬を習慣化する意味に使われます。僕が以前から感じていることですが、かなり修練を積んだ空手家のエンピ(=猿臂 肘)も畳やさんのそれには叶いません。空手家がその部位を鍛錬しても畳屋さんの日常的作業の十分の一にも及ばないでしょう。それに材木屋さんの肩の瘤も同様、当たり稽古を積んでいるお相撲さんもそれには勝てません。
空手道教範と思想 · 2008/07/01
武術に使われる用語に練習、訓練、鍛錬、錬磨などがありますが、全てが”ねる”という表現を使います。ねるにも糸偏と金偏の二種類があり微妙に意味も違うのです。多分30年を越える鍛錬を積んだ方はその意味を極自然に理解されているのではないかと思います。特に指導や道場生の育成だけに偏らず特に伝統派で50歳を越えてもご自身の鍛錬を続けておられる方々は必ず”錬”の効果を体験されておられる筈です。伝統空手とは本来地味な武術で基本と型と組み手も約束組み手は錬っても昔から自由組み手は認めない流派も師範も多かったのです。血気盛んな修業時代、僕も極真会館に代表されたフルコンの勇ましく華やかな自由組み手に無条件で憧れました。それが僕の伝統派からフルコンへ転向の大きなきっかけだったのです。それからは息子と新たな修行の日々が続きまた。”錬”を中心の空手から当てと倒しを目的の鍛錬に没頭したのです。しばらくはそれでも伝統的”錬”の鍛錬も並行してやっていたのですが、ある時期からフルコン一本に絞ったのです。30歳を越えてからのフルコンへの転向は毎日が興奮の連続でした。当て倒すことによって得られる自信は錬より確かに勝りました。今思うと充実した修行の時期であったと思います。小中学、高校と修行を共にして来た息子も既に大学への進学を迎え、それを機に極真会館大山倍達総裁のもとへ修行の総仕上げとしてお預けしたのです。それを快く受け入れて頂き、総裁亡き後も尚、現松井館長の下においていただいております。伝統的”錬”の空手からフルコンの選手として経験を重ねて来た息子を観察しながら分析して来た結果、ある種の結論に達したのです。
空手道教範と思想 · 2008/06/01
幼少のころより何の影響か武術に特別の興味がありました。父親を亡くした時期が早かったせいか、男子として家や母を守るのは自分なんだ。そう思っていたように思い出します。武術の経験がある人にはかなり積極的に接近し、教えを乞いました。当時、疎開さきの千葉には武術の道場などは皆無であり情報も少なく、かろうじて本などで知る程度だったのです。当然テレビの普及はその後で、映像と言えば映画だけでした。その中で活躍する時代劇の剣客や悪者を懲らしめる英雄(ヒーロー)の使う技に憧れました。そこで頭に浮かぶのは剣道や姿三四郎に代表される講道館柔道ですが、それから更に数年後運命的に僕の目の前に現れたのが敗戦にまみれた若き日の極真会館創始者大山倍逹師だったのです。日本は負けてない。まだこんなに強い人が生き残っているし僕もこれから強くなる。一人っ子で危険な運動は許されなかったのですが、習い覚えた つたない技で喧嘩相手を捜し修行の日々が続きました。それは大山倍逹師に巡り会う前です。自宅の門の前に立ち手頃な喧嘩相手を捜し喧嘩を売るのです。小学校の低学年の頃でした。そしてある日喧嘩を買ってくれそうな相手が門前を通るのです。早速声をかけますと、こっちへ来いとばかりに手を振り誘うのです。あまり門から離れたくはなかったのですが、売った手前仕方なく付いて行きましたところ、いきなり陰から二人が出てきて退却しようと(逃げではなく)したのですが、時既に遅し。両手を押さえられ一人に馬乗りにされ、やりたい放題やられました。頭は出来の悪いジャガイモのようにぼこぼこになってしまったのです。あっと言う間の出来事でしたが鼻血を出し、こぶだらけの自分が惨めになり泣いて帰ったことを思い出します。その日から僕の修行は禁止され外出までも規制されたのです。されど、それからも僕の武道への憧れは続くのです。