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葉 隠 塾  理念

『葉隠一門の趣旨』

僕が、竜の子プロダクションを退任してから、この六月で丸二年になります。

ビジネスからの身の引き時が少々遅れた感もありますが、その反面、ビジネスへの思い残しもありません。ただ、その経験を生かし、最もやりたいこととなりますと、青少年を含みます一般的教育なのです。

日本人として、大和民族の矜持を持った生き方を柱にした人作りを空手道の道場を本拠に、講演やセミナーを設け広く教えを行き渡らせようと云う趣旨です。昨今、武道教育などと国も動き始めておりますが、武術の技術が人作りをするのでは決してありません。

武道、武術ほど人に精神的影響を与える媒体はないものと五十数年の修行を通し確信をもって伝えることが出来ます。今回、その計画に賛同を頂戴致しました一門の方々に深く感謝致しますとともに、更なるご協力を賜りたくお願い申し上げます。

先ず、組織の拡大を図ります意図は、葉隠一門の趣旨を広く、全国に流布すると云う目的があります。それは普段の道場での指導に留まらず、講演やセミナーなどの
勉強会を設け、大勢の方々にご理解と協力をお願いすることにあるのです。

今や時代が変わりました。武術はもはや実用の為の鍛錬ではないのです。教育的責任の重い役割も担っております。一言で云えば、心身を錬磨し、精神を鍛え抜き、心折れない強靭な人格形成を目的とします。

夫々の分野に置いて武術を競技スポーツとして競い合う方法は、古くから採用されておりますが、日本では国内の法律が確立され、幸せにもそれを実用する機会も今やなく、護身術としての切実な目的すらなくなりました。

だから、今こそその武道精神が国民に必要な時でもあるのです。まさかと思う出来ごとへ反応が鈍くなり、とんでもない不幸を招く場合すら起こり兼ねません。

言わば平和惚けの有り難い状況なのです。そのような状態への警鐘でもあり、平和な時に必要な心構えを説くのです。要は、予防は治療に勝るのです。

また、武術の研鑽に無益な危険性は極力省き、体力と一般社会人としての教養を身に付け、最終的には有事への対応を心がける民間的国防(自然災害など)も視野に、なお武術に寄って武装、鍛錬を施された流派を確立して行きたいと思っております。

それには確固たる団結と、葉隠を旨におく集団である一門であることが問われます。

繰り返しになりますが、組織の拡大は金銭的な目的にあらず、組織に寄って会員の活かされるインフラ作りは考えますが、趣旨は「仁義礼智信」にもとずく真義以外にありません。

一門はこれを心して行動して頂きます。また、この趣旨に賛同して下さる個人及び団体は多いに歓迎させて頂きます。


塾長 成嶋弘毅

2012年5月1日





当塾で練習する技は空手です。
空手には大きく分けて、寸止めの伝統派、当てるフルコンタクト派とグローブを付けた新空手の3派があり、当流派の空手道は組み手において本当てを取り入れております。
空手とは武器を使わず素手で攻撃を受け反撃する技で、心身を常に健康な状態に保つ事が問われます。

武道の要素:ー忍耐、努力、精進。

以上の3要素は社会人としての条件とも言え、空手の修行を通して生き
方の主軸を見つけてもらえたら幸せです。

「五常の徳」
仁 ◎ ほどこしの心、優しさ。 
義 ◎ 義侠心、人助けの心。 
礼 ◎ 礼儀、礼節の心。 
知 ◎ 善悪と物事を見極める知性。 
信 ◎ 信頼。

最終的に求めて行くものはやはり人格の形成です。
武道とは、人間の生き方を見付ける道です。
強いて云うならば、教養の一部と考えます。
とにかく3年間(千日)耐えて、努力し続けてご覧になればきっと武道の
意味が理解出来るようになり、上に記す「五常の徳」も自然に身に付き、
武道の魅力を実感して行く事でしょう。
尚、当塾の基本精神は道場訓を参照して下さい。


葉隠流 宗家葉隠塾

空手道 葉隠塾






『拳客』への誘い

(理念)『葉隠』。

それは、武士が毎日「死」を覚悟した上で心と体を鍛え、自らを向上させていく人生知を説いた書物です。当塾は『葉隠』の精神を根底に置き、空手道を通じての人間形成を目指しています。

人間は心と体を鍛えずに成長すると、弱くなってしまいます。
特に少年期に心身を鍛えることは大切です。日々の鍛練が物事への集中力を高め、達成感となり自信を獲得します。また日常の変化に強くなり、 衝動的なエラーを防ぐことにもつながります。

つまり「空手道は、幸せな人生を送るためのトレーニング」と考えています。

当塾では、「礼」と「任=思いやり」を第一とします。
もちろん、空手を行う時は、闘争心が不可欠です。その心を尊重した上で、相手への思いやり、周囲の人々への敬意を覚えていくのです。
それは、日本人が本来持っている「大和心」とも言えるかもしれません。

武士には、剣を研ぎ澄ましておいても決して抜かないという美学がありました。空手における剣は、「拳」です。拳と心を磨き、それを内に秘めることで「人間の器」を大きくしていくのです。

この理念の元、当塾は日々活動しています。



*)拳客(けんかく)・・・拳の道を極め、礼を学ぶ人。




『吾が武道観と空手道への誘い』

私の武道観は、その技術に留まりません。今日より明日、明日より明後日と人間性や社会人として、礼儀作法の向上を含めた終着点のない求道です。

その主旨に賛同して下さる方々に空手道を教養の一環とし、人生の支えとなるように修業して欲しいと願います。昔、侍が腰に刀を差していた時代、剣を通し人間の道を学び、剣とともにその心を学問にもつなげ、それに命を賭け夢を託しました。

腰に刀のない今、剣の変わりに鍛え上げた『拳』を心の支えとして武士道を貫きたいと思います。

従って、道場は強健な体躯の人だけの場ではなく、極端な例を上げれば、様々な障害を抱え、その身体を労る傍ら、如何ほど心身を鍛える事が出来るか、それとも出来ないのかを模索し、積極的に授かった命の可能性を試す場ともしたいのです。

または、不測の怪我を心配する職業の方も、身体能力を高め、怪我や事故も顧みず選手として試合出場を目的とする塾生も、各々の身に合った修業を同じ空気を吸い、分かち合う道の場ともしたいのです。

強健な者以上に強靱な精神を持った虚弱な体質の人も存在します。
お互い拳銃を持ち、10メートルの間を保ち、相手に向かい引き金を引くのに強健、虚弱は関りありません。その強靱な胆力を練り上げるに最も相応しい方法が武道修業であると信じ、お誘い致しております。


葉隠塾 塾長成嶋弘毅


 

 

 
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